第4話 値引きしないといけない……本当にそうですか?

■値引きの扱いは難しい

天辺「おい音無!」
音無「ハ、ハイ……! あ、天辺さん、なな、何か」
天辺「何かじゃねえよ! おまえは計算もできねえのか!!」

天辺さんが音無さんを怒鳴りつけているようです!
実直マネジャー、早く仲裁しないとチームに亀裂が入りますよ!

実直「は、はい。とりあえず行ってきます!」

実直マネジャーに新たなトラブルでしょうか……。

実直「ストップ! とりあえず落ち着いて!」

天辺「落ち着けねえよ! コイツはダメだ!」
音無「すみません! すみません!」
実直「とりあえずミーティングルームへ行こう。……そこで話を聞かせてもらうよ」

あらあら、何か大事ですね。人畜無害で自己主張の少ない音無さん、天辺さんをあそこまで怒らせる理由がいまいちわかりませんね。
一体何があったんでしょうか……これは野口の出番を予感させます!

実直「どうしたんだ……大声出して言い合いなんて、何があったんだ」

天辺「音無、お前が言え」
音無「あ、あのその……見積もりがOKでなかったので値引きを……」

天辺「値引きで受注いただいても仕方ねえだろ!」
音無「お客様がもう少しって言ってますし……値引きの決裁いただけないかなと思いまして……」
天辺「毎回毎回そうじゃねえか!なんでそうなるのか考えないんだよ!」
実直「あー! ストップ! 天辺のいうことはわかる。少し任せてくれないか」

天辺「……お任せします。俺には音無を理解できないので」

あー。天辺さんの怒りは当分収まりそうもなさそうですね。
たしかに天辺さんの言うことが正しいです。
実直マネジャー、部下のフォローというマネジャーの腕の見せ所、どう見せてくれるのでしょうか?

実直「先生、少しよろしいですか?」
野口「はい、どうぞ」
実直「音無さんに、なぜ安易な値引きがダメなのかを説明をしようと思うのですが……」
野口「まずは理解から、ということですね。たしかに音無さんは理解をしてから実践というタイプですね」
実直「ええ。何かポイントってありますか?」
野口「ポイント……というより、これは実直マネジャーがマネジャーということを強く意識するシチュエーションですよ。気づいてますか?」
実直「え……そうなんですか?」

 おそらくこれから実直マネジャーが音無さんに話すことは、おそらく音無さんだけの指針ではなく、チームで共有すべき指針になるはずです。
張切さんにはこれ、音無さんにはこれ……という風に、方向性がバラバラだとチームの進む道がメンバーに伝わりません。
値引きということに、チームとしてどういう方向性を打ち出すのか、それを決めるのは実直マネジャー……あなたなのです!(ドーン)

実直「責任重大ですねぇ……」

野口「他人事みたいじゃないですか! でも……そういうマイペースなところは強みですね……」
実直「よく言われます」

野口「ま、それはともかく、どうするつもりですか? ここで、実直マネジャーの考えや方針をはっきりとさせないとダメですよ」
実直「もちろんです。僕の中では、もうしっかりと決まっているんです。それは……」

 実直マネジャー、なんだかんだで自分の考えを持っているようですね。野口も安心しました。
音無さんを連れてミーティングルームへ向かう姿も心なしか力強く……というより、あくまでいつもどおりですね。

■安易な値引きが生み出すもの

実直マネジャー、さっそくホワイトボードを使って、値引きと価格交渉の違いについて説明するようですね。ここでは実直先生といった感じでしょうか。お手並み拝見!

実直「音無さん、肩の力抜いてくださいね」

音無「は、ははい」

実直「今回、押さえておくポイントは2つあります!」

音無「な、なんでしょうか?」

実直「まず、値引きはその場で受け入れず持ち帰ること。もう一つはできることを考えること

音無「できること……ですか?」

実直「値段というのはお客様にとって判断の重要な基準になることもわかるんだけどね」

音無「はい……」

 実直マネジャー、頭ごなしの否定から入るのではなく、あくまで同じ目線も残した話し方ですね。GOOD!

実直「まず、値引きにはデメリットがあるんだよ。今日、天辺が怒っていた理由はここ。わかるかな?」

音無「値引きすると利益が減るんですよね。わかります……」
実直「それだけじゃない。天辺が怒っていたのは未来のことも考えた上でのことだと思うんだよね」
音無「え、え、そうなんですか……」
実直「天辺は僕の同期だからね。考えてることはだいたいわかるよ」
音無「……」

  1. 何の理由もなく値引きを引き受けてしまうと、次からずっと同じような対応を求められる
  2. 気付くと求められる値引き幅は大きくなり、値引きしないと受注されない
  3. 安い価格を実現するには、いろんな部分でコストカットを求められる。そのコストカットには、営業マンという項目が入らない保証はない
  4. 真っ先にコストカットされる営業マンは、理由なく値引きをする営業マンになるのでは?

理由なく値引きを繰り返すと、結局営業マン自身に返ってきます。

音無「値引きすると利益が減るんですよね。わかります……」
実直「それだけじゃない。天辺が怒っていたのは未来のことも考えた上でのことだと思うんだよね」

 営業は売上に目が行きがちですが、忘れてはならないのが利益です。仮に売上が少なくとも、大きな利益を出せていれば、それは優秀な営業マンなんです。

実直「天辺はああいう言い方をしたけど、チームのことや未来のことを考えていたんだと思う」
音無「わ、わかりました……でも、僕、断れない性格なんですよ……」

実直「うーん。たしかにそうだよね……。今回の案件に関しては、値引きをOKしたのかな」
音無「い、いえ、ま、まだです」
実直「良かった。4月にも言ったけど、営業3課の目標は『長くお付き合いできる新規お取引先の開拓』だ。安易な値引き競争をしてしまうと長くお付き合いできない可能性が高いからね」

実直マネジャー、きちんと伝える姿がかっこいいですね! きちんと”相手に伝わる言葉で”伝えることができるマネジャーは、いいチームを作り上げることができるはずです……と思ったら、音無さん、浮かない顔ですね。

■切れるカードを用意する

音無「はい……わかってます。でも、お客様を目の前にすると、どうしてもうまく切り出せないんです……」
実直「そこができることを考えることなんだよね」

そうなんですよ! 営業マンたるもの、自分の中で常に提案のカードを持っていることが大事なんですよね!
価格交渉のポイントは、お客様が満足する着地点をさぐることです。
例えば、お客様の予算が決まっている場合、商品の値段をその予算に合わせるのではなく、お客様の希望に沿ったものかつ、価格が予算に合うものをご提案する……このご提案できる商品の手持ちを増やすこと=(営業マンがお客様に対して)できることを考えることなのです。

実直「天辺さんいるよね。彼はいつもトップクラス営業成績を残している」
音無「……はい」
実直「彼の本当の凄さは、価格交渉のカードの多さだよ。価格だけでなく、お客様のニーズにおおよそ応えられるだけの広告枠パターンを把握して押さえているんだ」
音無「……」
実直「音無さんは切り返すカードがない。だから、どうしても値引きという選択肢になってしまう。だから、もう一歩、もう一歩の準備をするんだ」
音無「ぼ、僕、どんな準備しても、ほほほ本番に弱いんです……」
実直「うーん……明日は僕も同行するよ。そこで色々と見て欲しいし、僕も音無さんのお客様も見てみたいし」
音無「お、お願いします……」

部下のフォローアップもマネジャーの仕事!

自分だけの営業スタイルの確立を

 翌日、同行から戻ってきた実直マネジャーと音無さん、無事クロージングに至ったようです。
実直マネジャーも笑顔ですね。昨日は真剣に2人で資料を作っていたようですし、実直マネジャーと音無さんお互いのリレーションも深まったようです。

野口「おつかれさま! どうでしたか?」
実直「しっかり資料を作りこんで、『なぜこの企画なのか』『御社におすすめしたい理由は』などを重点的にご提案内容を確認、その上で価格面の折り合わない部分に関しては、カラーではなくモノクロ、ただしサイズは大きめの掲載をご提案したところ、納得していただけたようで、ほんと一安心ですよ」

野口「おめでとう! 良かったですね」
実直「僕が同行して、しどろもどろになってしまうと面目丸つぶれですし、かなり緊張しました」
野口「マネジャーとして、しっかりフォローできたようですね」
実直「とりあえずは一区切りですね」
野口「本当にそうですか?」
実直「え……どうしてですか?」
野口「音無さん、浮かない表情ですよ」

 実直マネジャー、クロージングに集中しすぎて音無さんの内面までは考えられなかったようです。
今回は、実直マネジャーの営業スタイルでクロージングしました。しかし、この営業スタイルはあくまで実直マネジャーの得意なやり方であって、音無さんが同じ事をしても成功するでしょうか?
断れない、押し切られるというキャラの音無さん、逆に自信を失っているようです。

実直「反省ですね。ちょっと音無さんに声をかけてきますよ」
野口「いってらっしゃい。がんばってね!」
実直「はい!」

 実直マネジャーのデスク横でミニミーティング。
やはり断れない自分に悩んでいる音無さん、良いアイデアが浮かばなくて唸る実直マネジャー……。この経験は2人にとって良い経験になりそうです。
直近の問題は解決したことで余裕があるとは言え、なかなか難しい問題です。

実直「僕も少し考えてみるよ。だから、少し時間が欲しい」
音無「は、はい。僕も自分なりに考えてみます……」

実直マネジャー自身、営業に配属された直後は先輩の真似をしてもうまく行かなかったという経験もあったことですし、なおさら思うことがあるのだと思います。
そうですね、ここは野口のアドバイスが必要なようですね。きっとそうです!
では……いきま……ってあれれ?

花咲「実直さん、その私、ちょっと思うんですよね……」

あ、花咲さん! 花咲さん、昨日は心配そうな顔して見ていましたもんね。

花咲「断れないキャラですよね、音無さん。でも、私はそこが長所じゃないかって思うんですよ」
実直「うんうん。わかるわかる。人が良いよね、彼は」
花咲「そういうのじゃないんですよね。なんというか、頼りないところが優しい感じですし、逆にこの人は裏表ないだろうな?……と見てて思うんですよ」

実直「花咲さん、よく見てるね?! 僕はそこまで見てないからわからなかったよ」
花咲「べ、別によく見ていませんし! 実直さんが見てなさすぎなだけです!」
実直「すみません……」
花咲「私は『音無さんのそういう部分こそ武器になる』って思っただけです! もう!」
実直「武器……? そうか! ありがとう! 花咲さん、これでいけるよ!」
花咲「な……! 握手しなくていいです!」
実直「すみません……」
花咲「べ、別にいいです。……お役に立ててよかったです。がんばってくださいね」
実直「ありがとう。これでなんとかなると思う……うん」

 実直マネジャー、雑談の中でヒントを見つけたようですね。野口の出番、今回はおあずけですね。
野口も同じく、音無さんのあの性格が逆に武器になると思います。
音無さんのキャラクターは「真面目」「口下手」「遠慮がち」ですよね。このキーワードだけ見ると、どう考えても営業マンに向いているようには思えないように感じますよね。
実はこういった人の方が営業に向いています。

 真面目で口下手、そして遠慮がちな営業マンは、存在がすでに「一生懸命仕事をしている」状態です。
「この営業マンは裏切らない営業マンだろう」「提案ばかりではなく、こちらの意見を聞いてくれる営業マンではないか」とお客様に思ってもらえる営業マンです。
音無さんの成績は決して目立つものではありません。しかし、安定した成績をキープしています。それこそ、お客様に気に入られている証拠ではないでしょうか。本人が気づかないところで、好かれている……これこそ営業マンですよね。

では、そんな音無さんには合う営業手法とは何でしょうか? 明日も実直マネジャーが同行するようですし、結果に期待ですね!

■真実を伝えるだけ

 さて、今日も実直マネジャーが同行している音無さん、どうなったのでしょうか……と思ったら、実直マネジャーが1人だけ……あれれ?

実直「先生じゃないですか! おはようございます」
野口「おはよう! それはそうと音無くんはどうしたの? 同行じゃないの?」
実直「彼には一人で行ってもらいました」
野口「えええええ! 大丈夫なんですか?」
実直「大丈夫だと思います。実はですね……」

 -----4時間前、社内会議室----
実直「うん。とりあえず、予行演習しようか」

音無「は、はい……」

実直「そんなに固くならないでいいよ、いつもどおりで」

音無「は、ははは、はい!」

実直「では、スタート!」
音無「お、おはようございます! 本日は……」

実直「……というわけで、ロープレを繰り返しておきました」

野口「どうだったんですか?」
実直「そうですね、彼らしさを失わない提案方法の確認をしただけですよ。もうすぐ彼と同流します。楽しみですよ」
野口「ドキドキですね! あ、音無さんが来ました」
音無「実直さん、終わりました! う、うまく行きました!」

 音無さん、実直マネジャーは自分が営業に向いていないから辞めさせたいのかと思っていたとのことです。
自分には能力がない……だから、ロープレまでして追い込んで……そして、お客様から価格の話題を切りだされたとき、

音無「わ、わ、私なりにいろいろと考えて来ました!!」

半ばやけくそになって、ロープレした内容をご提案したそうです。
実直マネジャーからロープレの際に言われていたことは、

  • 一生懸命考えたのだから、一生懸命考えたことを伝えること
  • 音無さんらしさが大事なので、背伸びはしないこと
  • 無理してクロージングしなくてもいい。無理だと思ったら持って帰ること

この3つを守り、音無さんなりのご提案をしたそうです。
何度か詰まることもありましたが、最終的には「価格面ではD案とE案、音無くんはどっちがいいと思うのか?」という流れになり、当初の見込み額ではないですが、掲載時期が決まり次第契約ということに! 良かったですね!
しかし、あまりにテンパった状態で説明したため、色々と心配されたとか。
これも音無さんらしいですね!

音無「疑ってすみませんでした……」
実直「いいよいいよ。とりあえず、おめでとう。音無さんだからできたことだよ」
野口「実直マネジャーのいう通り、音無さんの営業スタイルが生んだ結果ですよ。音無さんが積み重ねたお客様への印象がそうさせたんです。おめでとう!」
音無「あ、ありがとうございます。逆に心配されすぎて……むずむずしました。で、でも、明日から頑張れます、僕!」
実直「うん、これからも一緒にがんばろう」

音無さんも自分の殻を破り、実直マネジャーもマネジャーとしての経験を積んだようです。
仕事はやはり笑顔でするものですしね。
めでたしめでたし。

そして、1週間後……

実直「先生、先週はありがとうございました」
野口「いえいえ」
実直「先週のことで少し思ったんですが、天辺くんは『自分の成績』から『チームの成績』に目線が移っているのではないかと思うんです」
野口「確かにそうですね」
実直「僕、ちょっと嬉しいんですよね。あ、ミーティングですので行ってきます」

実直マネジャー、同期がパフォーマンスを発揮するのが嬉しいようです。
それはそうと、営業3課今月度(8月)の成績は、南営業部、北営業部の全6課の中で2位でした。しかも、トップの営業2課とはわずかの差でした。
実直マネジャー、のほほんと天辺さんの変化を喜んでいましたが、天辺さんは先週の件も含めかなりピリピリしていましたし、初の1位が見えていた今月、結局2位に甘んじる結果になりましたし……何も起きなければいいですけど。

天辺「おい張切! お前の残業は『ただ残ってるだけ』じゃねえのか! オレみたいに効率よく仕事しないと仕事してることにはならねえんだよ!」
張切「天辺さん、それはオレが仕事してないってことッスか!」

あ?言わんこっちゃないですね。
今週も実直マネジャーはゆっくりできないようです。

(5話に続く……)